大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)2856号 判決 1966年12月06日

原告 石井寛行

右訴訟代理人弁護士 小室貴司

被告 共同電機松本政雄こと 崔昌植

右訴訟代理人弁護士 渋田幹雄

主文

原告の本位的および予備的請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、三八〇万円および内三〇〇万円に対する昭和四〇年九月一八日から、内八〇万円に対する昭和四一年八月一八日から各完済までの年六分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

(本位的請求原因)

一、原告は、次の約束手形各一通の所持人である。

(一)金額 三〇〇万円

満期 昭和四〇年三月一〇日

支払地 東京都

支払場所 協立信用金庫中野本町通支店

振出地 東京都中野区

振出日 昭和四〇年一月二八日

振出人 共同電機松本政雄

受取人兼第一裏書人(白地式裏書) 松本初江

(二)金額 四〇万円

満期 昭和三九年一二月二七日

振出日 昭和三九年一二月一五日

受取人兼第一裏書人(白地式裏書) 高橋日出彦

その他の記載事項(一)の手形と同じ。

<省略>。

二、右振出名義人の共同電機松本政雄は被告の別名であって右各手形は被告が自らこれを振出したものであるが、または被告から手形振出の代理権を与えられた訴外松本初江がその権限に基き被告の代理人として振出した手形である。仮りに同訴外人に本件各手形振出の代理権がなかったとしても、同人は嘗て被告と共同で事業を行っており、その事業について被告のために一般的な代理権を有していたところ、本件各手形は同人がその権限消滅後に従前有していた権限の範囲をこえて振出した手形である。そして本件各手形の受取人もその後の取得者である原告も、本件各手形が正当に振出されたものと信じて手形を取得したものであって、同訴外人に代理権があったものと信じたことについて正当の理由があるから、被告は本件各手形の振出について責を負わなければならない。

仮りに以上の理由がないとしても、本件各手形には、被告の記名判および印判を使用した記名、捺印があり、被告が正当に振出したかのような外観がある。原告はこのような外観を信頼して本件各手形を取得したものであるが、このような場合にはたとえ本件各手形が権限のないものにより振出されたものとしても被告は外観を信頼して手形を取得したものに対し手形振出の責任を負うべきである。

三、<省略>。

(予備的請求原因)

一、本件各手形は、被告の経理等に従事していた訴外松本初江が権限なく振出した手形であるが、同訴外人の本件各手形振出の行為は、同訴外人が被告の使用人としてその事業の執行についてした不法の行為であるから、被告は民法第七一五条により、これによって第三者が受けた損害を賠償すべきである。

二、原告は本件各手形がいずれも正当に振出されたものと信じてこれを取得したものであるが、この取得に当り、手形金相当額の出捐をし、同額の損害を受けたから、その賠償を求める。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め次のとおり答弁した。

一、本件手形に被告の記名判および印判により押捺された記名捺印があることおよび本件各手形が訴外松本初江により権限なく振出されたものであることを認める。

二、原告の本位的および予備的請求原因事実のうち、その余の事実を否認する

証拠関係<省略>

理由

一、本位的請求について

本件各手形が正当に振出されたものであるかどうかについて考察するのに、本件各手形に、被告使用の記名判および印判によって押捺された被告振出名義の記名および捺印があることは被告がこれを認めているところである。<省略>。

次に原告の表見代理の主張について考察を進めるのに、証人松本初江の証言および前記認定の事実によれば、本件各手形は訴外松本初江がその実弟である訴外岩本光造の事業の資金繰りに利用させるために要件白地の手形用紙に振出人の記名、捺印のみをして右岩本に交付し、同人がその他の要件等を補充記載したものであること、また、証人<省略>および被告本人尋問の結果を綜合すると、訴外松本初江は被告の妻であり、被告の電気器具商について、帳簿、伝票の整理等を手伝っていたに止まり、主として被告の従業員七、八名の世話や家事に従事してきたものであって被告の事業を共同で経営していたというほどのことはなかったことがそれぞれ認められる。

証人山田春三郎の証言によって真正に成立したものと認められる甲第五号証の四および前顕甲第五号証の五と右証人の証言とによれば、訴外松本初江が訴外山田春三郎から五〇万円および一八〇万円を借用した事実が認められ、これによれば右初江が被告の事業のために自己の名義で資金を借用し、被告と共同で事業を行い或は被告の事業資金のやりくりについて対外的な代理権をもっていたのではないかとの疑いも起りそうであるが、右五〇万円の借金については前述したとおり訴外松本初江が被告に無断で振出した手形を被告に内証で決済するために借用したものであるし、また右一八〇万円の借金については、証人山田春三郎の証言および証人高橋日出彦の証言によれば、訴外松本初江が、前記岩本光造に貸与した被告振出名義の手形がもとになって訴外高橋日出彦から自己所有の財産について差押をされたので、その解放のための資金にするということで訴外山田に懇願して借用したものであることが認められるので、これも被告の事業遂行のために借用したものではないと思われ、右各借金の事実によっては、訴外松本初江が被告の事業について前記程度の役割以上の関与をしていなかったという前記の認定を動かすに足りないし、ほかには前記の認定を覆して、同訴外人が本件各手形振出の当時もまたそれ以前にも原告主張のような役割を果していたという事実を認める証拠はない。

そして、前記認定の各事実によれば、訴外松本初江が本件各手形振出の当時はもとよりそれ以前においても被告の事業について一般的な代理権ないしは少くとも手形の振出と関連性のあるような事項についての代理権を有し或は嘗つてそのような代理権を有していたものとは認め得ないばかりでなくそのような権限があるような外観もなかったというべきでありこれらの事情からみれば同訴外人に代理権ありと信ずべき正当の理由がないといわなくてはならない。

また表見代理の成立すべき事実関係の有無は無権代理行為の直接の相手方について考察されるべきものであるところ、前記認定のとおり本件各手形は訴外岩本光造に貸与されたものであって、その振出の直接の相手方は、手形面上の受取人の記載に拘らず、右岩本であると解されるのであるが、証人松本初江の証言によると、右岩本は本件各手形が権限なく振出されるものであることを知って手形の振出を受けたものであることが認められるので、いずれにしても原告の、表見代理の主張は理由がない。

なお、原告は本件各手形に被告の記名判等による記名捺印があることを理由にして、被告に手形振出の責任があると主張するが、この見解には賛成できない。

以上のとおりで原告の本位的請求は理由がなく棄却すべきである。

二、予備的請求について

本件各手形が訴外松本初江により権限なくして振出されたものであることは前述のとおりである。

しかしながら、訴外松本初江が被告の事業について果していた役割は前述のとおりであって、その地位と権限とからみて、本件各手形の振出行為が被告の事業の執行についてなされたものと解することは困難であり、原告の予備的請求もまた理由がなく棄却すべきである。<以下省略>。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例